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ブラッサム悠樂軒のモデルは?宇野千代が18日間働いた燕楽軒との共通点!

『ブラッサム』第22回で、葉野珠(石橋静河さん)が求人広告を見つけた西洋レストラン「悠樂軒(ゆうらくけん)」。珠の新たな働き先につながるこの店には、実在のモデルがあるのでしょうか。

有力なのは、宇野千代(うの・ちよ)が若いころに働いた東京・本郷の「燕楽軒(えんらくけん)」です。宇野千代の勤務歴は文京区の公式サイトにも記され、宇野千代顕彰会の年譜には、その期間が18日間だったとあります。

ただし、制作側が悠樂軒のモデルを燕楽軒と明言した資料は、今回の調査では確認できませんでした。ここでは、史実で確かめられることと、ドラマとの共通点から考えられることを分けて紹介します。

※第22回の番組紹介と、主人公のモデルである宇野千代の生涯に触れます。

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ブラッサムの悠樂軒は、実在の燕楽軒がモデルと考えられる

▼西洋レストラン「悠樂軒」の店長・熊田を演じる斎藤司さん(トレンディエンジェル)。

悠樂軒(ゆうらくけん)を考える手がかりは、名前の似た店があることだけではありません。主人公のモデルとなった宇野千代が、上京後の生活を支えるためにレストランで働いた経歴が、珠の仕事探しと重なります。

文京区の宇野千代紹介では、本郷の燕楽軒で働き、食事に来た文学者らと知り合ったことが確認できます。燕楽軒そのものと、そこで働いた経験には史実の裏付けがあります。

そのため、悠樂軒は燕楽軒での経験を取り入れた店と見るのが自然です。一方、店の名前や従業員とのやり取り、珠が体験する出来事まで、すべて史実と同じとは限りません。

「実在した店を手がかりにした舞台」と「実際の出来事をそのまま再現した舞台」は別と考えると、これからの展開も分かりやすくなります。

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第22回で珠が悠樂軒へ向かう理由は、仕送りが止まったため

第22回の番組紹介では、珠と保(金子大地さん)が下宿での同居を認めてもらった後、保の父が入院し、仕送りが止まると説明されています。生活費を得ようと仕事を探す珠が、新聞の求人広告で見つけるのが悠樂軒です。

この流れは、宇野千代の東京での暮らしとも共通しています。山口県の公式観光サイトによると、千代は藤村忠の進学に伴って上京しましたが、仕送りを断たれて生活が苦しくなり、事務や家庭教師などの仕事を経験しました。燕楽軒での仕事も、その一つでした。

比べる点ドラマの珠宇野千代の史実
仕事を探す背景保の父の入院で仕送りが止まる仕送りを断たれ、生活を支える仕事が必要になる
レストラン求人広告で悠樂軒を見つける本郷三丁目の燕楽軒で働く
働いた期間今回確認した番組紹介には記載なし顕彰会の年譜では18日間

注目したいのは、珠が最初から作家に会う目的で店へ向かうわけではないことです。まず必要なのは生活費。その切実な仕事探しが、未知の世界に触れるきっかけになり得るところに、この舞台の面白さがあります。

なお、史実の仕送り停止の理由を、そのまま「父の入院だった」とする資料は今回確認できていません。共通するのは、収入が途絶えた暮らしを支えるために働く、という部分です。

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宇野千代が燕楽軒で働いたのは18日間

▼西洋レストラン「悠樂軒(ゆうらくけん)で働く葉野珠(石橋静河さん)

燕楽軒での勤務は1917年の出来事

宇野千代顕彰会の私製年譜には、1917年(大正6年)、複数の職を経験する中で本郷三丁目の燕楽軒に18日間勤めたと記されています。山口県の公式観光サイトでも、同じ勤務期間が紹介されています。

「18日間」はドラマの放送回数でも、珠の勤務期間の発表でもありません。あくまで、モデルとなった宇野千代の経歴にある数字です。悠樂軒編が何話続くかは、この日数からは判断できません。

18日後に作家デビューしたわけではない

短い勤務が作家人生につながったと聞くと、店で才能を見いだされ、そのまま小説家になったように感じるかもしれません。しかし、年譜を見ると時間の隔たりがあります。

燕楽軒で働いたのは1917年。『脂粉の顔』が懸賞小説で一等に入選したのは1921年です。勤務の年と、作品が入選した年には約4年の差があります。

店で文学者に出会うことと、自分の作品が評価されることは、それぞれ異なる経験です。この違いを押さえると、悠樂軒も「入ればすぐに夢がかなう店」ではなく、珠が自分の可能性に触れる場所として見ることができます。

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なぜ燕楽軒に文学者が集まった?出版社との距離が手がかり

山口県の公式観光サイトは、燕楽軒の向かい側に中央公論社があり、編集者の瀧田樗陰が訪れていたと紹介しています。作家たちも来店しており、千代は食事を出す仕事を通じて文学に携わる人々と接点を持ちました。

文京区の資料にも、店で芥川龍之介や菊池寛らと知り合ったことが記されています。燕楽軒は食事をする店であると同時に、編集者と作家が行き交う場所でもあったわけです。

ここからはドラマを読むうえでの考察です。珠にとって、本を読むことと、書いている人に会うことでは、文学との距離が変わります。遠い世界に見えた作家も、店で食事をする一人の人間として目の前に現れるからです。

悠樂軒で誰と出会い、どんな言葉に心を動かされるのか。史実の人物との一対一の対応だけを探すよりも、珠が「読む側」から「書く側」を意識する過程に注目すると、この店の役割が見えやすくなりそうです。

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悠樂軒の場所と、撮影に使われた場所は別に考えたい

今回の資料で確認できる燕楽軒の所在地は、東京・本郷三丁目です。これは宇野千代が働いた実在の店の場所を指します。

一方、『ブラッサム』の悠樂軒をどこで撮影したのかは別の疑問です。燕楽軒の所在地が分かっても、それだけで悠樂軒の撮影場所や建物を特定することはできません。

店のモデルを知りたい場合は宇野千代の経歴を、画面に映った場所を知りたい場合は制作側の撮影情報を確認する必要があります。今回確認した資料では、悠樂軒の具体的な撮影場所までは分かりませんでした。

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まとめ

『ブラッサム』の悠樂軒は、宇野千代が働いた燕楽軒をモデルにしていると考えられます。燕楽軒での勤務は公的資料でも確認でき、顕彰会の年譜には1917年に18日間働いたという記録があります。

第22回の珠と重なるのは、仕送りが止まった生活を支えるために仕事を探す点です。そして史実では、その仕事が文学者との出会いをもたらしました。

ただし、18日間の勤務と作家デビューは同じ時期ではありません。悠樂軒での経験が、珠の中にどのような変化を生むのか。実在モデルの名前を知ったうえで、その変化を追うと東京編をより楽しめそうです。

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参考資料

ムービー杉本|運営者

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