女学生になったばかりの珠に、もう縁談が持ち上がる。朝ドラ『ブラッサム』第2週の予告を見て、展開の早さや「宇野千代もこんなに若く嫁いだの?」という点が気になった方もいるのではないでしょうか。
モデルとなった宇野千代には、女学校時代に父の命で嫁ぎ、短期間で戻った出来事が年譜に記されています。ただし、珠の物語と宇野千代の年譜では、年や帰宅までの日数が異なります。同じ出来事をそのまま再現したものとして読むと、取り違えが生まれます。
この記事では、10月5日からの第2週について公表された番組紹介と、宇野千代生家の年譜を比べます。第2週の予告内容に触れますが、未放送の場面を視聴済みの出来事として扱うものではありません。
NHK財団のステラnetが10月3日に公開した第2週紹介では、舞台は1913年。石橋静河さんが演じる葉野珠は高等女学校の4年生で、父・清治が突然、縁談を決めてくるとされています。母のリョウは、珠が望まないなら父に取りやめを頼む姿勢です。
まず押さえたいのは、珠自身が恋人との結婚を進めたという紹介ではないことです。誰と結婚するかだけでなく、誰の意思で話が進むのかが、この縁談を理解する手掛かりになります。
TVガイドWebの第2週あらすじは、相手を珠の実母の妹・照子の長男と紹介しています。珠から見れば、母方のいとこに当たる関係です。同じ紹介には、嫁入り後、3日もたたずに家を出る展開も記されています。
ただし、なぜそこを出るのか、その場でどんなやり取りがあるのかは、この短い紹介だけでは分かりません。「相手がこういう人物だから」と理由を補ってしまうと、予告以上の話を作ることになります。ここは本編で確かめたい点です。
NPO宇野千代生家の年譜では、1910年に岩国高等女学校へ入学し、翌1911年に父の命でいとこの藤村亮一のもとへ嫁ぎ、10日で戻ったとされています。年譜上の年齢表記は14歳です。
父が決めた嫁入りと短期間での帰宅という点は、珠の予告と重なります。そのため、第2週の縁談は、この出来事とのつながりを考えながら見られる場面です。
一方、今回参照した年譜は「嫁入り」と記しており、当時の婚姻届や離婚手続きの詳細までは示していません。家に戻ったことだけをもって、手続き上もその日に離婚が成立した、と説明するのは避けたいところです。
| 比べる点 | 珠の物語・第2週の予告 | 宇野千代生家の年譜 |
|---|---|---|
| 時期 | 1913年、高等女学校4年生 | 1911年、年譜では14歳 |
| 縁談を進める人 | 父・清治 | 父の命による嫁入り |
| 相手 | 実母の妹・照子の長男 | いとこの藤村亮一 |
| 嫁いだ先を離れるまで | 3日もたたずに家を出ると紹介 | 10日で戻ると記載 |
ドラマの人物名に史実の人物名を機械的に当てはめたり、宇野千代の年齢をそのまま珠の年齢にしたりするのは適切ではありません。似た出来事でも、置かれた時期が違うからです。
『ブラッサム』は、宇野千代の人生を再構成したフィクションとして紹介されています。年譜はドラマを理解する補助線になりますが、これからの台詞や結末まで決める答え合わせ表ではないのです。
ここからは、公表された紹介を踏まえた考察です。父が決める縁談と、本人の気持ちを聞こうとする母の姿勢を並べると、結婚という出来事の中に、珠の意思を誰が尊重するのかという違いが見えてきます。
ただ、家を出る行動をすぐに「自由を手にした」と結論づけるのも早いでしょう。その場から離れることと、その先の暮らしを自分で選べることには距離があります。珠が戻れる場所を持つのか、家族はどう受け止めるのかによって、同じ帰宅でも意味が変わります。
別の見方をすれば、予告段階では、珠が明確な決意を持って行動するのか、つらさに耐えられず飛び出すのかも判断できません。後の作家としての姿を知っているからこそ、少女時代のすべてを力強い自立の物語にまとめすぎず、その時々の迷いを見る余地を残したいところです。
『ブラッサム』第2週の珠の縁談には、宇野千代が女学校時代に父の命で嫁ぎ、短期間で戻った出来事と共通点があります。ただし、予告と年譜では時期や日数が異なり、同一の経過ではありません。
史実との違いを押さえたうえで、珠が何を感じ、どこで自分の意思を示すのかに注目すると、展開の早さだけでは見えない縁談の意味を考えられそうです。
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