矢崎桜子(やざき・さくらこ)選手は、ながとブルーエンジェルスに所属する女子ラグビー選手です。2026年9月、愛知・名古屋アジア大会に出場する7人制女子日本代表「サクラセブンズ」のメンバーに選ばれました。
青山学院大学では男子部員に交じって練習しながら、クラブチームでも経験を重ねました。足首の大けがでパリ五輪出場を逃したものの、約1年半をかけて代表へ復帰。2025年末のワールドシリーズ・ドバイ大会では主将を務め、日本女子過去最高の3位に導いています。
2026年には大学を卒業してラグビーに集中できる環境へ移り、国内女子セブンズの年間MVPを受賞しました。矢崎選手がどのような道を歩んできたのか、プロフィール、青学時代、けがからの復活、アジア大会の日程と見どころを紹介します。
▼女子ラグビー選手の矢崎桜子(やざき・さくらこ)選手:本人インスタグラムから
| 名前 | 矢崎桜子(やざき・さくらこ) |
|---|---|
| 生年月日 | 2004年1月19日(22歳) |
| 出身地 | 神奈川県 |
| 身長・体重 | 159cm・59kg |
| 所属 | ながとブルーエンジェルス |
| 勤務先 | ヤマネ鉄工建設 |
| ポジション | WTB(ウイング) |
| 出身校 | 関東学院六浦中学校・高等学校→青山学院大学 |
| 愛称 | らこ |
| 主な実績 | HSBC SVNS 2026ドバイ大会3位、太陽生命ウィメンズセブンズシリーズ2026年間総合優勝・年間MVP |
日本ラグビーフットボール協会のアジア大会登録メンバーでは、矢崎選手は2004年1月19日生まれ、身長159cm、体重59kg。所属はながとブルーエンジェルス、勤務先はヤマネ鉄工建設と記載されています。
所属チームの選手紹介ではポジションはWTBです。フィールドの外側でボールを受け、スピードとステップを生かしてトライを狙う役割を担います。
矢崎桜子(やざき・さくらこ)選手がラグビーを始めたのは5歳のときです。ラグビー経験者の父と、先に競技をしていた兄の影響を受け、鎌倉ラグビースクールに入りました。
小学5年生からは横浜ラグビーアカデミーにも参加。年代やチームの枠を越えて練習するなかで、のちに愛称となる「らこ」と呼ばれるようになったといいます。
中学進学時に選んだのは、女子ラグビー部がある関東学院六浦中学校でした。中学生のころから高校女子や男子の練習にも加わり、体格やスピードの異なる相手とプレーする経験を積みました。
代表を意識するきっかけは、中学1年生のときに見た2016年リオデジャネイロ五輪の7人制ラグビーでした。女子日本代表が世界と戦う姿を見て、自分もその舞台に立ちたいと考えるようになります。
関東学院六浦高校では、15人制と7人制の両方に取り組みました。高校3年時には、国内最高峰の太陽生命ウィメンズセブンズシリーズにチャレンジチームの一員として出場しています。
東京五輪後に編成された女子セブンズ日本代表へ招集され、2022年に国際大会デビュー。高校から大学へ進む時期に、早くも世界のスピードと接触強度を経験しました。
当時の日本代表で若手だった矢崎選手は、単に速く走るだけでなく、広いスペースで相手を抜く判断、守備で一対一を止める技術、短い試合を繰り返す体力を磨いていきます。
2022年、矢崎選手は青山学院大学文学部比較芸術学科へ進学しました。大学ラグビー部では唯一の女子選手として男子部員と練習し、同時に女子クラブの横河武蔵野Artemi-Starsでもプレーしました。
大学ではコンタクトの強い男子との練習で基礎を高め、クラブと日本代表では女子セブンズの実戦感覚を磨くという複数の環境を行き来しました。競技と授業、代表遠征を両立する4年間でもありました。
青山学院大学が2025年12月に掲載した記事では、矢崎選手を文学部比較芸術学科4年、女子ラグビー部所属として紹介しています。大学の表記とラグビー部の記事には違いがありますが、本記事では、青学ラグビー部で唯一の女子選手として男子と練習し、外部の女子クラブにも所属していた実態を踏まえて整理しています。
順調に代表経験を重ねていた矢崎選手を、2024年6月のマドリード大会で大きなけがが襲いました。足首の靱帯を負傷し、同年7月に行われたパリ五輪のメンバーには入れませんでした。
中学時代から目標にしてきた五輪を直前で逃したことは、大きな挫折でした。治療とリハビリを続けても、競技復帰と代表復帰は同じではありません。国内でプレーできる状態に戻したうえで、国際セブンズのスピードに耐えられる体力と判断を取り戻す必要がありました。
矢崎選手が再び代表の国際大会へ戻るまでには、およそ1年半を要しました。その時間は、持ち味である走力だけでなく、試合全体を見て仲間へ働きかける力を伸ばす期間にもなります。
▼女子ラグビー選手の矢崎桜子(やざき・さくらこ)選手:本人インスタグラムから
2025年11月末、矢崎選手はHSBC SVNS 2026ドバイ大会でサクラセブンズの国際大会へ復帰しました。しかも、任された役割は主将でした。
日本はプール戦でニュージーランドに敗れたものの、フィジーとアメリカに勝利して準決勝へ進出。準決勝ではカナダに敗れましたが、3位決定戦でオーストラリアを下しました。
最終成績は3位。サクラセブンズにとってワールドシリーズ初のメダルであり、当時の過去最高成績でした。青山学院大学の紹介記事でも、矢崎選手が日本代表主将として歴史的な3位に貢献したことが伝えられています。
パリ五輪を逃した選手が、復帰大会でチームを率いて表彰台に立つ。矢崎選手の経歴のなかでも、けがを乗り越えた象徴的な大会といえるでしょう。
2026年、青山学院大学卒業を機に、矢崎選手は横河武蔵野Artemi-Starsから山口県長門市を拠点とするながとブルーエンジェルスへ移りました。長門市での生活は1月中旬に始め、春の卒業後に本格的な新生活をスタートしています。
移籍の大きな目的は、2028年ロサンゼルス五輪へ向け、7人制ラグビーにより集中できる環境へ身を置くことです。ながとブルーエンジェルスは国内女子セブンズの強豪で、代表選手を含む仲間と日常的に高い強度で練習できます。
新しい環境で結果はすぐに表れました。チームは太陽生命ウィメンズセブンズシリーズ2026で年間総合優勝を果たし、4連覇を達成。矢崎選手はシリーズ年間MVPに選ばれました。
日本ラグビーフットボール協会の大会報告では、グランドファイナル優勝、年間総合優勝とともに、矢崎選手の年間MVP受賞が発表されています。大学卒業1年目で国内シリーズを代表する選手になり、アジア大会の日本代表へつながりました。
セブンズは、1チーム7人で行うラグビーです。原則として前後半各7分と試合時間は短いものの、15人制とほぼ同じ広さのフィールドを7人で守り、攻めます。
選手同士の間に広いスペースが生まれるため、一対一の突破、トップスピードでの追走、素早いパス判断が重要です。大会では1日に複数試合を行うこともあり、短時間の全力走を繰り返す回復力も欠かせません。
WTBの矢崎選手に期待されるのは、外側のスペースでパスを受け、守備を振り切ってトライまで運ぶことです。一方、セブンズでは全員が攻守に関わるため、タックル、ボール争奪、味方を生かすパスも必要になります。
広い視野とリーダー経験を備えた矢崎選手は、フィニッシャーだけでなく、状況に応じて攻撃を組み立てる役割にも注目です。
愛知・名古屋アジア大会のラグビー7人制は、2026年10月1日から3日まで行われます。日本女子はプールDに入り、シンガポール、カザフスタン、タイと対戦します。
| 日時 | ラウンド・対戦 |
|---|---|
| 10月1日(木)11時55分 | プールD 日本対シンガポール |
| 10月1日(木)18時10分 | プールD 日本対カザフスタン |
| 10月2日(金)11時55分 | プールD 日本対タイ |
| 10月2日(金)午後以降 | 順位決定トーナメント |
| 10月3日(土) | 順位決定戦・メダル決定戦 |
大会方式では、プール戦終了後に順位決定トーナメントへ進み、10月3日に最終順位が決まる予定です。日程や開始時刻は変更される可能性があるため、観戦前に日本ラグビーフットボール協会の代表発表や大会公式情報をご確認ください。
今回のアジア大会で日本女子の主将として登録されているのは須田倫代選手です。矢崎選手は2025年のドバイ大会で主将を務めましたが、本大会の主将ではありません。
そのうえで期待されるのが、WTBとしての突破と得点です。国内シリーズ年間MVPの勢い、世界上位国を相手に表彰台へ立った経験、負傷離脱を経て培った冷静さは、短期決戦で日本の力になります。
ここからは実績に基づく分析です。日本は前回の杭州アジア大会で銀メダルを獲得し、2025年末にはワールドシリーズのドバイ大会で3位に入りました。アジア大会でもメダル争いの有力候補と考えられます。
ただし、金メダルが確実という意味ではありません。アジアには前回王者の中国など強豪がいて、セブンズは1試合が短く、キックオフの確保や一つのタックルミスが結果を大きく左右します。まずプールDを上位で通過し、決勝トーナメントで自分たちのテンポを保てるかが重要です。
矢崎選手を見るポイントは、ボールを持ったときの加速だけではありません。外側で相手守備を引きつけて味方のスペースを作れるか、守備で一対一を止められるか、連戦のなかで安定したプレーを続けられるかにも注目です。
代表デビュー、五輪直前の負傷、長いリハビリ、主将としての表彰台、強豪クラブへの移籍。矢崎選手は22歳ながら、成功と挫折の両方を経験してきました。
青学時代に目指した世界への道は、大学卒業後も続いています。地元開催のアジア大会で、スピードと判断力を生かして日本のトライを生み出せるかに注目です。